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うみねこ通信 No.85 平成18年7月号

-眠っている人たちとの対話-

麻酔科部長  若山 茂春

私が麻酔科学に初めて接したのは、米国帰りの新進気鋭の麻酔科医たちが活躍し始めた30年以上も前です。当時の市中病院では、外科系医師が自分で麻酔や手術をしていました。四半世紀前に、県内でも三本指に入る総合病院に勤務したことがあります。新任の辞令を受ける際、市長から「○○病院麻薬科・・・を任ず、云々」と声がかかり、「マヤク科?何ダ、それ!!」と憤慨したことがあります。麻酔ということばが、まだ人口に膾炙していませんでした。

現在、全国の麻酔科医は、いたみ、ICU、救急医療でも活躍していますが、それでも主体は手術室での麻酔管理です。麻酔科医は、「手術室の内科医」と言われてきました。麻酔科医は、メスを使って切ることはほとんどありません。年齢、昼夜を問わず安全な全身管理をめざし、生理・薬理学を主体にした知識、技術、経験を駆使して働いています。外科系に属しますが、「手術室の内科医」と言われるゆえんです。

日常生活では、ことば、身振り、手振り、目や顔の表情などの方法で対話しますが、麻酔で眠っている人とはこれらの手段がとれません。それでは、麻酔科医はどのようにしてコミュニケーションをはかるのでしょう。

これを読まれる皆様、全身麻酔で手術をうけるため、ご自身が手術台に横たわっていると想定してみて下さい。
心電図パッチが胸のあちこちに貼られます。体内酸素を調べる小さな器械が指につき、血圧を測ります。酸素マスクがあてがわれ、点滴から注射開始、数分間で眠ってしまいます。眠ると呼吸も止まります。人工呼吸が必要です。麻酔ガスを体内に送るために、口から気管へ直径7~8ミリのチューブが入ります。気管挿管といいます。眠っているので記憶に残りません。こうして手術が始まります。

私が麻酔を習い始めた頃は、手術室は薄暗くて空調も粗悪で、匂いでガスの濃さを、胸につけた聴診器で心臓や呼吸を把握していました。ガスを送る管に耳をつけて、肺が痰でふさがっていないか、脈を触れ、ひとみの大きさで麻酔の深さ、しろ目(眼瞼結膜)で貧血の程度を調べ、自分の五感をたよりに手さぐりで麻酔を行なっていました。

しかし、現代は隔世の感があります。ハイテク日本ならではの光景が、明るい手術室に広がっています。大型モニター画面には、脈拍、血圧、呼吸、体温、体内酸素の過不足、麻酔ガスや炭酸ガス濃度、脳波解析等々を示す数値や曲線がカラフルに刻々と描出されます。警報装置付き麻酔器や、理想的な呼吸をさせる人工呼吸器もあります。眠っている人のニーズをつかみ、いま何の治療が必要なのか、即断即決するのです。これが、麻酔科医と麻酔で眠っている人たちとの対話です。

人間の五感にたよる麻酔など古い時代のものとなりましたが、勘どころをつかみながら安全かつ良質な管理をするという心構えは、大事にしています。

麻酔による眠りと自然睡眠は、違うのか。人はなぜ眠り、夢を見るのか?実は、詳しいことはまだ分かっていません。自然の眠りや夢が、日中の活動で混乱した脳の回路を元につなぎ直し、リセットしているようです。全身麻酔による眠りは、手術のストレスで脳の回路がショートしないように、とりあえず眠ってしまおうという脳の防衛反応なのかもしれません。

麻酔中にも夢を見るでしょうか。麻酔を受けた人から、夢をみたと言われることがあります。麻酔中の夢体験というのは、麻酔科学でも衆知の事実ですが、最近はあまり話題になりません。脳に優しい麻酔薬が開発され、夢の体験が少なくなったのかもしれません。

「安全第一」というのが日常業務のモットーですが、質のいい麻酔、すなわち、先人が理想とした「何事をも忘れ去り感じない、深い眠り、そして快い目覚め」を追求する心は、しっかりと受け継ぎ、伝えて行こうと思っています。

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