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うみねこ通信 No.166 平成25年4月号

アルツハイマー病の予防に関する現在の学説
~予防のために40~50歳台から始めるべき生活習慣~

脳神経外科部長 鈴木 直也

<社会的背景>

メタボリック症候群(高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満)は脳血管障害の併発によって認知症(脳血管性認知症)になりやすいことが判明しています。しかし高血圧・糖尿病・脂質異常症には優れた治療薬がすでにあり、それらの疾患の治療が脳血管性認知症の予防につながります。

一方でとくに生活習慣病もなく長年健康で認知症と無縁のごとく活躍した人々でも認知症となることもあります。その代表がアルツハイマー病です。アルツハイマー病の90%以上が血縁と無関係に発症します。元アメリカ大統領故レーガンさんも引退後にアルツハイマー病であることを病状初期に自ら公表し当時この疾患への関心を集めました。

社会的にもアルツハイマー病の予防法や治療法発見の成否が少子高齢化社会や国家の存続に重要という主張もあります。仮に発症を約10年遅らせることができれば、実働人口維持・介護による損失回避・世代間の技術と知識の伝承などで有利に影響するため日本の未来を左右する問題でもあります。

<原因と治療>

アルツハイマー病は、脳の神経細胞周囲にアミロイドベータ蛋白(※以下Aβ蛋白と略す)が蓄積することが有力な原因と考えられています。

Aβ蛋白は、個々の神経細胞の膜の上に浮かんでいるAPP蛋白が分解されたときに生じる破片(アミノ酸42個の蛋白質)であり、水に溶けにくい物質です。(※図参照)Aβ蛋白は高濃度になると神経細胞を死滅させる毒として作用し、特に『アセチルコリン』という伝達物質を持つ神経細胞が影響を受けます。低濃度であっても神経細胞から放出されるグルタミン酸を近傍のグリア細胞が横取りするよう仕向けることで神経細胞の信号が伝わりにくくし、物忘れや初期認知症を引き起こすと考えられています。

現在実際に医療で使われている治療薬は、生き残りの『アセチルコリン』含有神経細胞の信号を活性化することで症状を軽減させる効果があります。しかしAβ蛋白を除去する作用がないので病気の進行を止めることができません。治療薬の中には動物実験ではAβ蛋白を減らす作用があるのを示唆される薬もありますが、まだヒトでの効果は未確認です。海外ではワクチンを使ってAβ蛋白を除去する試験が行われていますが、今のところ大成功の報告は届いていません。

<いつから始まっているか>

脳MRI検査の脳萎縮判定法(VSRAD法:当院でも撮像可能)で、発症の約10年前からおおまかな発症の危険度を予測することができます。PET検査のアミロイドイメージングという特別な画像診断法を用いた研究によれば、物忘れの傾向が確認される約15年前からAβ蛋白の蓄積が始まっていることがヒトで証明されました。最近発表された研究によれば、驚くべきことにアルツハイマー病発症の約25年前からすでに脳内でAβ蛋白の蓄積が始まっていることが判明しました。これらの事実は、発病よりもはるかに前から予防を始める必要があることを意味しています。

<近年判明した仕組み>

Aβ蛋白蓄積を減らす特効薬はまだ完成していません。健常者と発病者比較調査から判明した予防方法とは『適切な運動習慣』と『適切な食習慣』でした。これらはメタボリック症候群の予防と治療に言われていたことですが、運動習慣にはダイエットばかりでなくアルツハイマー病予防作用があることが判明し、適切な食習慣も同様の結果でした。従来の疾患予防と少し着眼点が違うのが、食習慣の目標が単に血糖値を下げることではなく、体内のインスリン血中濃度を高くしないことが有効と考えられるようになったことです。

インスリンは血糖値を下げる体内ホルモンで、血糖に応じて血液中に出てきます。糖分に対してインスリンが不足な状態がいわゆる糖尿病ですが、食習慣で糖尿病になる方も多いですし、体質的にインスリン分泌が弱いために糖尿病である方もいます。ところがインスリンが十分に放出できる人々は、少々食べ過ぎても血糖が上がらないので健診でも正常と判定されます。健常人でもインスリン血中濃度が高い状態は脳内Aβ蛋白が蓄積しやすいことがわかってきました。

<すぐに実践できる予防法>

予防方法①:有酸素運動の習慣づけ。

十分息を吸いながら持続的な、できれば30分以上の運動を習慣的に行うことが有効です。同じ運動でもストレッチや筋トレだとアルツハイマー病への効果はないという報告があります。ある研究によれば、高齢者では通常1年に1%の割合で脳の海馬が萎縮するところが、1年間の運動習慣で萎縮が2%回復し記憶力も回復したそうです。

予防方法②:インスリンを過度に動員させない食習慣にする。

食後の血糖を急上昇させない食べかたをする、食間の血糖再上昇を避けることが重要です。そのためには規則的食事と、各食前には空腹を感じる量をめざします。具体的方法の例として、一口毎に30回噛むことで視床下部の満腹中枢にシグナルを送りながら食べる、野菜を先に食べて吸収を緩徐にする、不要な間食を控えて食間のインスリン動員量を節約する。また、ストレスや睡眠不足はステロイドホルモン増加による高血糖でインスリン血中濃度を高めるので避けたいところです。

<今からはじめましょう>

これらの予防法は高齢の方や認知症初期になってしまった方にも効果があります。Aβ蛋白蓄積は発症25年前から始まっていますので、日本社会の将来を良くするためには現在40歳~50歳台の方にこそ始めてもらいたいです。薬代がかからず、すぐに実行して損のない方法ですし、人によっては食費も安上がりになるかもしれません。

以上は現時点での知見をお知らせしました。新事実が判明すれば、「うみねこ通信」の将来の号でお知らせ致しますので、お楽しみに。

 

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