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うみねこ通信 No.216 平成29年6月号

活発に組変わる脳内の神経回路
~シナプス新生と可塑性、大脳と扁桃体の攻防、ミラーニューロン仮説の話~

脳神経外科部長 鈴木 直也

【ニューロンとシナプス】

神経細胞を「ニューロン」と呼びます。 細胞膜を触手の如く伸ばして(*1)次のニューロンに接続し神経回路を創ります。 ニューロンとニューロンのつなぎ目は「シナプス」と呼ばれ、この区間だけ神経伝達物質で信号を伝えます。 したがって脳全体の働きは、配線の良し悪しと、神経伝達物質の放出力の良し悪しの2大要素で左右されることになります。 脳内ニューロンは、新シナプスを創る細胞膜の触手を出したり引っ込めたりして相手を探します。 一度伸びた触手が不要なら、先っぽの細胞膜の材料を内部へ回収することで、来た順路を逆に戻り次の伸張に備えます。
 新しいシナプスは頻繁に電気信号が通過すれば強化され、しばらく使わなければ弱ります。

【脳機能の局在(大脳皮質・海馬・扁桃体など)】

脳内ニューロンは役割毎に集団形成して脳表面や脳内部に並んでいます。 例えば左前頭葉の表層には話し言葉、後頭葉には映像、右側頭葉には顔の判別に特化した領域があるなど、 その他にも多様な機能が国境地図の如く並んでいます。 本能的な指令をする器官は前頭葉底辺など深い位置に配置されています。 その中でも「怒りや気分」を調節する大将が左右一組の『扁桃体』です。 すぐ後方には『海馬』があり記憶を担います。

【大脳の可塑性と天才性】

脳内をつなぐ神経回路の太さや国境地図は修正可能です。 学習体験・恐怖体験・幸せ体験で変化し、脳容積さえ変化できることがわかってきました。 以下に例を述べます。


【例1】ロンドンでタクシー運転手になるためには膨大な道順を覚えて試験を受けますが、勉強前と勉強後で海馬の容積が増加することが証明されました。
【例2】全盲となったために視覚脳が聴覚脳に転用されて機能が変化し、反響音を使って物の大きさと質感を察知できるようになる人がいる。
【例3】ケガで失った腕に残るやっかいな幻肢痛のある患者さんに、鏡を使ったトレーニングを行うと、痛みや喪失腕の感覚が消えたり、腕の位置や形状の感じ方が変わったりする(*2)。
【例4】先天的に大脳頭頂葉皮質の近隣ニューロン間で混線や連動が生じやすい人々がいて、例えば音や数字に色がついて見える能力(=共感覚)によって、音楽や絵に天才的創作力を発揮することがある(*2)(*5)。
【例5】ある俳優が映画撮影のため(*4)実在の神経症の人物の役柄を徹底研究して演じたところ、映画の撮影が終わる頃には俳優自身に本物の神経症の症状が出現し、回復するまで1 年かかったそうです。
【扁桃体の発言力が強い話】

扁桃体は本能的で強い決定権をもっているらしく、時には大脳の命令に背いて気分(怒りや愛着)を変調させます。 災害の記憶と共鳴してPTSD(*3)を悪化させたり、ストレス由来のうつ病に影響します。 恐怖・気分・愛着の度合いを大脳にお知らせしますが、時に正反対の偽ニュースも送り出します。 以下に例を述べます。


【例1】扁桃体だけを損傷したある患者さんは、仕事や日常生活は普通にこなせるのに、道路の真ん中に落とし物があると自動車が来る危険を察知しているにも関わらず路上に出て拾おうとします。 なぜそんなことをするのか本人に尋ねると、車に轢かれて危険だと頭では分かっているのに、ついやってしまうと述べたそうです。
【例2】右側頭葉の顔貌認識脳と扁桃体の神経路が損傷された人は、母の顔を見ても愛着感が発動せず「この人は母とうりふたつにそっくりだが偽物だ」と感じます(カプグラ妄想)。 顔貌を認識しているのにそれに相応する愛着感のシグナルが大脳へ返信されないためだそうです(*5)。
【例3】行動社会学が述べる「吊り橋の真ん中で出会った男女は、恋に落ちる確率が高い」のは吊り橋中央のスリル感と出会いのトキメキ感がすり替わって脳がだまされるためといわれます。 扁桃体が指令する気分は道理に合わなくても大脳に勝ることがあります。
【例4】扁桃体は一度発火するとすぐには収まりません。 交渉中に相手を怒らせると当分の間は契約締結は困難となり、認知症の方を下手に叱ると、理由を忘れたあとも本人の怒りは当分の間続きますのでお互いに損をします。
【例5】扁桃体の細胞はカテコラミンという昇圧剤でも発火するため、血圧上昇薬で「怒りっぽくなる」副作用が時々あります。
【扁桃体に打ち勝てるか】

「理性」の大脳シナプスと回路は使えば使うほど鍛えられて向上しますが、一方で「本能」の扁桃体が関与するところのストレス・不安・情緒の回路を制御するには、大脳への対処法と異なるつきあい方が必要です。 扁桃体は大脳が“頭で” 命令しても簡単には従いません。
 たとえば苦い失敗経験をしたとします。 大脳が繁忙から開放されて休息を欲したときに限って、失敗経験の録画場面が、苦い感情の臨場感たっぷりに繰り返し再生され止まらなくなった経験はありませんか?。 限度を超せばうつ状態へ陥る危険もあります。 本来脳がリラックスすべき時に、大脳の基礎活動(=デフォルトモードネットワークの活動)が高いままの状態でいると、自動車に例えるとアイドリング回転が無駄に高い状態で高感度準備状態を維持すると、迷惑なことに心の片隅の嫌いな録画をみつけてきて、自動繰り返し再生が始まり嫌な思いをさせられます。
 これを回避するに現代の脳科学は、「覚醒状態を保ちながら言語脳を休ませるような閉眼状態」、つまり瞑想法が有効と述べています。 慣れと練習と数週以上の継続が必要です。 この作業で大脳の基礎活動(=デフォルトモードネットワーク)の活動が調節され、扁桃体などの空騒ぎを大脳が抑制します。 脳血流検査やfMRI などの最新技術で見出された対処法が、なんと約二千五百年前に歴史学上も実在したと言われるあの人物(*6)の「解決法は自身の中にある」という考えに通じるのは感慨深いことです。
 脳科学者Jill Bolte Taylor(*7)は自らゴルフボール大の左側頭葉皮質下出血に見舞われて次第に悪化する臨床症状のある段階で「魔法のような心の平穏」を体験したといいます。 彼女の示唆によれば左脳が休眠し同時に右脳は覚醒を保つという特殊な組合せ状態に幸福のヒントがありそうです。 鎮静薬や麻酔薬は脳の左右や一部を選んで作用することはできませんが、マウスにある麻酔薬(*8)を単回使用するとそのあと長期的にうつ病を予防でき、ストレスに負けない強いマウスに変化したとの驚きの実験報告がありました。 効果はヒトで証明されておらず麻酔医以外は扱えない薬なので皆さんは決してマネをしないでください。 欧米医学で治療効果を認めている「重症うつ病に電気ショック療法が効く」という荒業はニューロンとシナプスになんらかの変化が起きるのかもしれません(*9)。

【ミラーニューロン(という仕組みの)仮説】

イタリアの研究者Giacomo Rizzolatti ら(*10)がサルの大脳運動ニューロンの活動を調べると、仲間のしぐさを見る時も自分で実際に行う時と全く同じ反応を示すことを見いだし、他の部分でも同じしくみがあることも判明しました。 これは他者の視点で考える能力を提供します。 マネ専用の予備神経回路が準備されているのではなく、まさに自分の本物神経回路を駆動して他者の視点を体感するしくみです。 他者がスイングをする様子を見ていてうっかり自分もやってしまう事象も納得です。 考えるだけで義手や器械を動かす技術、fMRI でジャンケンの手を直前に予言可能であったり、写真を観た時の脳血流を事前に収集しておくと睡眠中の夢を言い当てることができる実験(*11)が成功していることはミラーニューロンの証左と言えます。 ならば誤作動や誤体感を防ぐために他人と自分の境界線を区別する仕組みがどこかにありそうですが、まだ解明されていません。

【ミラーニューロンと文化や共感の関係】

サルの「猿まね」はその場限りの再生なのに対して、ヒトの場合は模倣は後でいつでも再生可能です。 発達学がいう「延滞模倣」と呼ばれるヒト脳機能は年齢4 才頃から可能となりますが、サルやゴリラはほとんどできません。 ヒトが10 万年前にミラーニューロン機能を獲得したことが、文化や技術の伝承を可能にしています(*12)。 社会で重要な「共感」する力も関連します。 スポーツの上達が早いヒトは運動系のこの機能に優れるためと予想されます。

【認知症予防のためのもう一つの戦略】

認知症予防のためには、血中インスリン濃度を上昇させない食事と有酸素運動がおすすめという話題を以前の号でお伝え致しました。(*13)
 今回は新たに「シナプスを増やせ」戦略をご紹介します。 アミロイドβ脳内蓄積があっても重度アルツハイマー型認知症にならずに済んだ例外的な人々が実際存在します。 その人々の特徴は、多様な脳機能を使う文化的日常生活をしていた人々でした。 シナプスの数を多く構築しておけば、アミロイドβでシナプスが破壊されても、迂回路によって軽症で済むということです(*14)。
 方法は? ,,,,,,,,, 要するに日常的に体育系と文化系の神経回路を広範囲に使えということらしいです。 文化的活動の一科目で使用する脳機能は意外に広範囲です。 たとえば短歌創作は単なる言語作業ではなく、情景や他人の心情を察し脳内で具体的情景を想像体験して、最終的に極めて字数制限の厳しいコトバへ昇華させる作業ですので、おそらく言語脳以外にも広範にミラーニューロンを使います。 室内マシンを使った歩行運動は筋トレ的栄養学的には同じでも、実際に自然の中を歩くのと比較して体感する温度・湿度・風圧・位置情報・加速度情報・聴覚光刺激情報で差があるかもしれません。 音楽やアート作品を真剣に鑑賞すれば側頭葉・後頭葉・頭頂葉が活動しますし、まねて自分も創ろうと思えば前頭葉も参加します。 普段の仕事で利き手だけ使う人は両手を使う趣味を始めるのも有望だという助言もあります。

【まとめ】

あらゆる年齢層の人が生活習慣の工夫で脳内でシナプスを増やすことができます。 シナプスを増やしておけば認知症を予防できそうです。 ミラーニューロンで延滞模倣をおこなう能力こそがヒトを特別な存在にしています。


(*1)樹状突起と神経突起。
(*2)VS Ramachandoran 著『脳の中の幽霊』。
(*3)PTSD:心的外傷後ストレス障害
(*4)レオナルド・ディカプリオ主演。「アビエイター」。
(*5)VS Ramachandoran:WEB検索→「TED 日本語」&「VS Ramachandran」&「心について」
(*6)ゴーダマ・シッダールタ(紀元前400 年頃)。
(*7)Jill Bolte Taylor 著『奇跡の脳_脳科学者の脳が壊れたとき』
WEB検索→「TED 日本語」&「ジル・ボルテ・テイラー」&「Stroke of Insight」。または別記QRコード参照のこと。
(*8)Calypsol=日本では全身麻酔薬ケタミンのこと。
WEB検索→「Rebecca Brachman」&「Could a drug prevent depression and PTSD?」
(*9)Sherwin Nuland: How electroshock therapy changed me.( TED.com)
(*10)Giacomo Rizzolatti ら:YouTube「Giacomo Rizzolatti - Mirror neurons: from monkey to human」など
(*11)神谷之康(国際電気通信基礎研究所)
(*12)VS Rakmachandran:WEB 検索→「VS Ramachandran」&「文明を形成したニューロン」
(*13)うみねこ通信 H25(2013)年4月号
WEB検索→「うみねこ通信」&「平成25 年4 月」。または別記QRコード参照のこと。
(*14)Lisa Genova「アルツハイマー病予防のためにできること」:WEB検索→「TED」&「What you can do to prevent Alzheimer's」
 

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