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神経内科部長 栗原 愛一郎
長い時間正座した後にしびれて立てなくなった経験は殆どの人があると思います。感覚がなくなり足に力が入らなくなりますが、膝を崩すと逆にしびれが増強し、時間とともに消失、普通に立って歩けるようになります。これは神経の虚血により末梢神経が運動繊維も感覚繊維も機能しなくなり、血流が回復すると逆に感覚繊維が異常に興奮しその後両線維とも正常化するためです。この場合の「しびれ」は「痺れ」で動けなくなる状態まで含まれるようですが、医学的には黙っていてもしびれている状態を「しびれ」と呼びます。神経治療学会から最近発売された「標準的神経治療しびれ感」という本ではわざわざ「感」をつけています。
しびれは末梢神経から大脳まで感覚の伝導路がどの部位で障害されても出現しますが、通常は感覚が鈍くなったり、歯科で麻酔する際の神経を触った時のようにビリッとした瞬間的な痛みの事もあります。また血管や内臓等を動かす自律神経の機能異常でもしびれが出現する事があり、自律神経失調症やうつ病、また低カルシウム血症、過呼吸でも出現します。正常でも指のしびれを感じる事は有りますが、何かに集中していると忘れています。
当科には脳卒中や脳腫瘍を心配して受診する方が多いようです。脳卒中は突然発症し、半身や手や足がしびれますが左右どちらかで、麻痺や他の神経症状を伴う事が多いです。また脳の深部にある視床という部位の小病巣では、しびれは唇とその周囲と同側の手指に出現し特徴的です。脳腫瘍も同様にしびれますが、経過が進行性で後に麻痺や他の神経症状が出現してきます。また手根管症候群という病気では夜中に片側の指先のしびれが出現、増強する事が多く、脳卒中を心配し受診する方が多いです。手根管とは手の付け根で骨と靱帯に囲まれるトンネル状の構造で、その中を9本の腱と正中神経が通り、正中神経が圧迫されるためしびれます。しびれるのは親指から薬指の内側までで、外側と小指はしびれません。殆どは腱鞘炎で腱が太くなるためですが、他の原因もあるため症候群で呼ばれています。手足のしびれが生ずる疾患は上肢では頚椎症、下肢では腰部椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症など整形外科疾患の場合が多いです。また他の神経でも締め付けられたり圧迫されてしびれが出現する場合もあります。
内科的には患者数が多い事も有り糖尿病による末梢神経障害によるしびれが多く、他に腎不全や栄養をとらずアルコールを長期多飲した際出現することがあります。これらの場合しびれは神経の一番遠い部位から出現するため手袋靴下型と呼ばれる分布を呈しますが、糖尿病の一部や血管炎では神経が複数障害されあちこちしびれる場合もあります。神経内科特有の末梢神経疾患にはギラン・バレー症候群、慢性炎症性多発神経根炎があります。前者は上気道感染の数週間後に四肢のしびれ、脱力が出現、1ヶ月でピークに達しその後症状は軽快します。重症例では呼吸筋が麻痺し呼吸器を装着する場合や、腸管の細菌感染症後に発症するタイプでは感覚障害は認めませんが麻痺を残す場合があります。ただ年間発症率は10万人あたり1~2人と稀です。慢性炎症性多発神経根炎は症状がギラン・バレー症候群と似ていますが2ヶ月以上進行するもので、どちらも重症化や後遺症の予防のため血液浄化療法や免疫グロブリン大量静注療法を早期に施行します。他にも遺伝性の末梢神経障害や多発性硬化症という脳、脊髄に時間的、空間的に病巣が多発する有名な疾患がありますが、多発性硬化症では再発防止薬が最近相次いで発売され治療の選択肢が増えている状況です。
上記以外にもしびれる病気は多々あります。病歴と診察である程度診断が絞られMRIや末梢神経電動検査、髄液や血液検査で診断がつきます。しびれ以外に感覚が鈍い、脱力、めまい、ろれつが回らない等の症状があったり、しびれが急に出現した場合は早めの神経内科受診を勧めます。