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糖尿病・内分泌内科部長 川原 昌之
我々人間は、身体の成長・維持そして活動するためのエネルギー源としての栄養を、食物として口から取り込み、胃や腸などの消化管まで送り届けるために「咀嚼(そしゃく)」という行為を行っています。現代人の栄養は、時として過剰であり、肥満やこれに続く生活習慣病など健康を害する問題が生じています。生活習慣病は予防が大切で、「体を動かすこと」や「食生活の改善」が推奨されます。ゆっくり噛んで味わうことで食事量を減らすことができるのですが、その重要性はまだ十分に理解されていないようです。残念ながら、手軽に美味しさを求めると、高カロリーの食材で軟らかに調理した食事に行き着きます。
よく噛まない食べ方、つまり早食いをすると、脳が満腹を感じる前にたくさん食べてしまい、過食から肥満につながりやすくなります。食事中に使われるエネルギー(食事誘導性熱産生)が減ることも肥満に関連していると言われています。また、噛む回数が少なくなることで唾液の量が減り、お口の中の洗浄効果が十分でなくなり、虫歯などの歯周病にかかりやすくなります。歯周病にかかると、ますます噛めなくなるといった悪循環が生じます。糖尿病があると高血糖もあいまって、さらに酷い状況に陥りやすくなります。
よく噛むことが健康に良いという考え方そのものは、特に新しい考え方ではありません。「噛む鉄人」のあだ名をもつアメリカ人のホーヌス・フレッチャー氏(1849~1919)は、肥満が原因で生命保険に加入できなかったのですが、食物を50~100回、それが液状になるか自然に飲み込めるまで噛むことを実践した結果、健康な体を取り戻し、これを維持することに成功しました。フレッチャー氏が主張する、一口量を噛めば噛むほど全体的に食事時間は延びるが、結果的には食事量が減るという教えを確認した研究が2011年に報告されています。この研究では、一口量の食物を35回咀嚼した場合と10回咀嚼した場合で比較しており、35回咀嚼すると満腹を感じるまでの食事時間は2倍になったにも関わらず、食事量は減少することを見出しています。この結果は、過去に発表されている摂食速度(食べる速さ)に影響を及ぼす要因を調査した研究と一致し、ゆっくり食べることで食事量すなわち取り込むエネルギー量を減らせることを示しています。
なるべくゆっくり時間をかけて咀嚼することは、食物を味わう上でも大切です。食物によって噛む回数は異なるため、咀嚼を増やすためには、なるべく硬めの食材(特に食物繊維が豊富なもの)をご自身の体調・好みに合わせて取り入れる必要があります。健康のためには楽しみながらゆっくり味わうことが重要です。また、最近の若い人には痩せたいがために十分な食事を摂らず、栄養不足や栄養が偏るという問題を抱えている人もいます。急激に体重を減らすことは体にとって良いことではありませんが、一口量を減らし、ゆっくり味わって食べれば無理なく痩せることが可能です。なかなか体重が減らなくて困ってる方は、よく噛んで食べることを実践してみてはいかがでしょうか。