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心臓血管外科部長 小笠原 尚志
腹部大動脈瘤とはおなかを通る太い動脈がコブ状になった(瘤化した)状態です。心臓から頭側へ上行した大動脈は弓状になり頭や上肢への枝を出して背中側へ、背骨の前まできた後、胸から腹に向けて下行します。腹部までたどり着いた腹部大動脈は通常、直径20㎜でありますが、加齢等に伴う変性で瘤化することがあります。
瘤の形や男女差で違いはありますが、一般的に直径が40~50㎜未満は年間の破裂率が0.5~5%であり、50~60㎜未満になりますと3~15%に跳ね上がります。ところが、破裂するまではほぼ無症状であるにも関わらず、破裂した時には8割以上が救命不能とのデータがでております。
瘤径が小さなうちは内科的治療が功を奏しますが、みなさんご存じのように風船は初め膨らみにくく、膨らみ始めると容易に大きくなります。幸い、破裂していない状態での手術死亡率は低いことが報告されており、個々人の術前状態にもよりますが手術死亡率1~5%と報告されています。
一度膨らんだ動脈瘤は内科的治療では治すことができません。手術加療が必要になります。それでも、早ければ早いほど良いとは限りません。大動脈瘤を認めた場合は定期的に検査をすることの方が重要です。定期的に検査を行い、手術のメリットが手術のリスクを上回るであろう大きさ、目安としては50㎜前後、あるいは拡大速度が速い場合、加療を検討すべきと考えます。ただし、形にもよります。図1にあるように均等に拡大した瘤ではなく、図2のような嚢状瘤の場合は小さなコブでも破裂の危険性が高く、50㎜に至る前に手術加療を行うことがあります。
従来、腹部を切開して、瘤になった部分を人工血管で置換する人工血管置換術が行われてきましたが、技術革新があり、ステントグラフト内挿術という方法が編み出されました。両足の付け根だけを切開して血管を露出、鼡径部の血管から腹部大動脈に布製パイプを誘導し留置してくるという優れた方法であります。この方法で例えば入院期間が短縮されました。開腹手術では退院まで術後10~14日を要しておりましたが、ステントグラフトは5~8日で退院可能となりました。メディアでも取り上げられ、ご存知の方もいると思われます。
しかし、注意点もあります。
日本にステントグラフトが導入になって15年が経過しましたが、開腹手術に比べて、術後の追加手術が多いこともわかってきました。最新の2020年改訂ガイドラインでは開腹手術が見直されております。10年以上の生命予後が期待される腹部大動脈瘤症例にはステントグラフトよりも外科手術を優先的に考慮してもよい、との警鐘も記載されました。それぞれの方の状態に合わせて、手術方法を検討すべきという手術の大前提が改めて注視されました。
この病気の怖いところは痛みといった症状が出る時期にはすでに破裂の前兆であるということです。しかしながら、早い段階で見つけることができれば、十分に対応できる病気でもあります。
健診でのエコーなど、なんらかの検査の際にたまたま動脈瘤を指摘された、仰向けに寝ていたら、腹部に拍動が、といった場合は痛みなどの症状がなくとも当科へご相談ください。早めの確認で防ぐことができる病気であることをぜひ覚えておいてください。