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うみねこ通信 No.230 平成30年8月号

エベレスト山頂で酸素マスクを外したら、、麻酔科医と酸素の関係

麻酔科部長 大友 教暁

少し前の話となりますが、2013年に青森県出身の三浦雄一郎さんが当時80歳でエベレストの登頂に成功しました。その時、山頂からのテレビ中継があり、三浦さんは酸素マスクを外してインタビューに答えていました。当時この映像を見て、私は三浦さんが本当はエベレスト山頂ではなく別の所にいるのではないか?と疑ってしまうほど驚きました(当然ですが三浦さんのエベレスト登頂は紛れもない事実です)。なぜ、驚いたのか、医学的な解説を交えて説明させて頂きます。

そもそも、エベレストの山頂ではなぜ酸素マスクが必要とされるのでしょうか?酸素濃度が薄いからでは、と思いがちですが、意外にも私たちが普段生活している八戸市とエベレスト山頂の酸素濃度は、ほぼ同じです。では、何が異なるかというと、体にかかる圧力が違っているのです。大気圧という言葉を、天気予報などで聞いたことがあると思いますが、空気の重さが私達の体にはかかっています。海面の高さの大気圧を一気圧とし、単位はmmHgや天気予報などでよく聞くヘクトパスカルなどが用いられ、一気圧=760mmHg=1013ヘクトパスカルとなります。重さとして表すと一平方メートルあたり10tもの力に相当します。この力を利用して私達は酸素を体に取り込み、健康な人では一気圧760mmHgのうち100mmHgを動脈血の酸素に割り当てています。静脈血は体で酸素が使われ40mmHgまで低下します。エベレスト山頂(標高8848m)では、高い所にあがった分だけ体にかかる空気の重さが減り、気圧が低くなります。頭に乗っている空気の筒が、山を登った分だけ短くなり軽くなったと考えると少しは理解し易いでしょうか。気圧が低くなると、利用できる力が少なくなるので、酸素の割り当てが減ります。エベレスト山頂の気圧は約0.3気圧と言われ、約228mmHgに相当します。一気圧760mmHgでの酸素の割り当ては100mmHgでしたが、228mmHgでは、どのくらいになるのでしょうか?

2009年にNewEngland Journal of Medicineという世界的に権威のある医学雑誌に、実際にエベレストの山頂付近(標高8400m、気圧272mmHg)で採血をした結果が報告されました。その結呆は10人の登山家(年齢は22歳から48歳)において、動脈血の酸素の割り当ての平均値は24.6mmHgでした。この値は普段の静脈血の値(40mmHg)の約半分です。当然ですが、普通の人がいきなりこの状態に曝されると、2~3分以内に意識を消失するそうです。酸素濃度を上げることで、低圧環境でも酸素の割り当てを増やす事ができるので、酸素マスクをする訳です。高所順応の為の努力が出来た人だけが、エベレストの山頂で酸素マスクを外す事が出来ます。私はたまたまこの論文を読んでいた事もあり、80歳の三浦雄一郎さんが酸素マスクをせずに、エベレストの山頂に立っている姿を見て、驚嘆したのです。高齢でありながら、そこに至るまでのトレーニングに耐え、実際にエベレスト登頂に成功し、山頂で酸素マスクを外せる三浦さんの気力と体力は素晴らしいの一言です。

蛇足となりますが、逆に酸素を多く取り過ぎる事は問題無いのでしょうか?意外な事に、酸素は身体にとって必要不可欠なものですが、取り過ぎも害がある事がわかっています。化粧品のCMで“錆びない人”というキャッチコピーが使われたり、健康食品の効能に“抗酸化”と謳われたりしますが、錆びたり、酸化する原因は酸素なのです。

エベレスト山頂は人間の適応限界といわれ、人間がどう低酸素に順応しているかを調べる事は、肺が悪くなって酸素が上手く体に取り入れられなくなった人に対する治療に大変役立ちます。麻酔科医の仕事は、意識や痛みを無くするだけ、というイメージを持たれている方も多いかと思いますが、全身麻酔中や術後の患者さんはもちろん、重症な呼吸不全の患者さんの人工呼吸管理においても、適切に酸素を投与する事が大切な仕事となります。麻酔科医と酸素の意外に密な関係の紹介でした。

 

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